Democratizing Architecture 「建築の民主化」

第5回 EaR Talk レポート

EaR Talkはnoiz EaRの活動の一環として開催されるレクチャーシリーズです。今回よりRECTURE改めTalkと題してお届けします。EaRが興味を持っている様々な 分野のスペシャリストの方々をゲストにお招きして、建築/テクノロジー/デザインやその周辺のトピックについての最新の知見をレクチャーしていただきます。

7月7日のゲストは小渕祐介さん。世界と日本の建築教育を現場に、数々の実験的なプロジェクトをオーガナイズしている小渕さんより、デジタルと建築を組み合わせた実験的な活動を紹介いただきました。

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現在、「デジタル×建築」から思い浮かぶBIMやデジタル・ファブリケーションは、効率や合理化という経済的な側面からの注目が高まっています。その一方 で「そうではない部分への関心が欠落しているのではないか」と小渕さんは指摘します。人を使わなくても建物が建てられる「最適化するだけの社会」に魅力はあるだろうか?……。そして「建築だからこそ社会に提示できる新しい価値は何か」を一貫して問い続けています。

建築から問いかける「消費社会ではない社会」

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今回のタイトル「Democratizing Architecture」は、政治的な意味というよりも「建 築は<消費>されるものではない。誰でも自分の住みかを自分でつくることがで きる」という意味での民主化を指しています。

建築家としては矛盾している発想です。たとえば現代はAIやデジタルファブリケー ションによる「人間の拡張」が可能な世の中になっていく。だからこそ「では何 のために?」ということをきちんと考えなければ、ただ単にいろいろなことがで きるようになるだけで人間としては乏しくなってしまうのではないか。建築家 はこの時代にどうすれば新しい価値を作っていけるのか?これからの社会状況を 踏まえたあたらしい建築のありかたを、小渕さんは問いかけます。

「誰にでも作れる」という感覚
基本的なスタンスや目標は、自分の住むところは自分で作るということ。学生だったとしても技術のない人だったとしても、専門家や職人がいない状況であってもサポートできる社会です。

もっと普遍的なものを目指すならば、例えば視覚だけで建築を作ろうとすると目の見えない人は参加できない。それならば全部聴覚だけで構成される建築が 作れないか(!)と考えてみたり。老人でも力のない人でも作れるような建築 の実証実験ができないか?と考えてみたり。学生の場合、どうすれば学生でも形 状的で美術的に面白いものを作り出せるかという研究も必要です。

一方、現在の経済体制ではどれだけコストが下げられるかというところに価値が置かれます。でも違った視点から見れば、実は意味のあるものを早く安く作ることは最終的には愛着のようにゆっくりと長く時間をかけて使われることと同じことになるかもしれない。それはサステナブルの新しい形になったりする。山から木材を伐り出すような行為も考え方次第で新しい里山文化が生み出せる可能性もある。

プロトタイピングから学ぶ
レクチャーの中盤ではこれまでの実験的なデザインプロジェクトが紹介されました。AAスクールでは、コンクリートの薄い板を用いて、デジタル・ファブリケーションと金槌での手作業を組み合わせて模型を製作。結果として、コンクリートを専門とする企業のスタッフと遜色のない製作力を学生が発揮したそう。

日本の企業と協力して、0.15mm厚のステンレスを溶接してつなげながら複雑な構 造を持つものをロボットを使いながら製作したプロジェクトでは、日本の企業の力を引き出す構想に取り組みます。

また自然な重力が作り出す最適な形を探り、安定した形状と工法そのもののシミュレーションを専門家とコラボレーションしながらデザイン。

さらに、自然に近いものを作る実験として行ったフォームファーミングでは「割り箸(!)」を粒子的な素材として使い、絡み合いを利用して型枠のない建築を作りました。

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物理的な型枠がなくても、たとえばロボットを使うと情報が型枠になる。型枠がないということの経済性、そして機材よりも大きなものを作り出す考え方を作り出すことでもあり、常識を破りながら同時に経済的にも有利なしくみを作りだしました。

さらにスプレーを使って建材をつくりながら人がスプレーを持って腕を振るそれぞれの「個性」も形にしていくプロジェクト。粘土を使い人が押す力をアルゴリズムで計算して目的のかたちを作り出すプロジェクト。通常はリサイク ルできない木を、ウッドチップにしてプラスチックシートに乗せた素材として用い、真空状態を作りながら手で押して成型して固めていきます。

これらは「作りながら問題を解決する」のではなく「作りながら問題を作る」と言えます。コストの解決だけでなく建築がどうすれば人間の生活にとって意味のあるものになり得るのかを見直すことで新しい価値を見出します。

「作ることの面白さ」の普遍性ー建築との関わりを模索する
ひとつひとつの作業の結果からつくりだされる結果を計ったりずれをクリエイ ティブな価値に変換したり、失敗も前提にプロセスを設計していきます。ビジュアルの複雑さを計算通りに作ってゆくのではないプロセス、明確な意思決定がな されていないシステムも許容しています。

これについて小渕さんは運転に例えればAIで最適化された全自動運転が実現するとしても自分で「運転する」ということは変わらずに面白い。これを置き換えれば、自分の場合は建築を「作る」ということの面白さにつながる。プロ セスを最適化してわれわれは消費するだけ、ということではないものオプションがあるべきだという提示を研究を通じて行っているのだと話しました。

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日本と世界での「温度差」のなかで
セッションでは参加者から「海外と比較して日本では、実験的なデジタル技術の ノウハウが、社会にダイナミックに広がるのを感じられない」という意見、「もっと建築設計「実務」の変化につながっていってほしい」という期待が寄せられました。

小渕さんが現在所属されている東京大学ADSは、出版や展示、ゲストを招いたトー クイベントなど、社会に向けた情報発信も活動の基幹です。 http://t-ads.org/ 大きな時代の転換点のなかで、建築の経済性や社会的なインパクトが問い直され ています。小渕先生やADSの実験的・先進的な活動や、活動を通じて育成されて いる人材がどんな場所で活躍してゆくのかについての関心の高さと同時に、すで に「実装」をめざす実務の現場でも模索が繰り広げられていることが共有された レクチャーとなりました。

(Text by KT2)

講演者情報
小渕 祐介

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東京大学 工学系研究科 建築学専攻 准教授

1969年 千葉県生まれ。1989 – 91年 トロ ント大学建築学科。1991 – 95年 Roto Architects設計事務所。1997年 南カリフォ ルニア建築大学卒業。2002年 プリンスト ン大学大学院修士課程修了。2002 – 03年 RUR Architecture設計事務所。2003 – 05年 AAスクール コースマスター。2005 – 11 年 同スクール デザインリサーチラボ ディ レクター。2013年 ハーバード大学 Graduate School of Design講師。2012 – 13

年 プリンストン大学大学院客員准教授。 2010 – 14年 東京大学特任准教授。2015年 – 東京大学准教授

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