書評『アルファベット そして アルゴリズム: 表記法による建築‐ルネサンスからデジタル革命へ』

建築の現場でこれだけCADもBIMもCNC技術も不可欠になっているのに、なぜかデジタル技術はなかなか建築学の世界で、特に非工学的な視点では考察の対象になってこなかった。

建 築史の界隈では、ソシュールやデリダはまことしやかに語られても、チューリングやシャノン、ノイマンなど情報時代を切り開く基礎を築いた巨人たちの葛藤 も、より直接的にはCAD史のような技術体系すらも、大学で教えられる正統とされる建築史の中にはいまだ組み込まれていない。おそらくは、日本の現代建築 のデジタルアレルギーは、デジタル環境とそこから生まれつつある価値体系が、建築史との関わりを相対化できていないことによる評価・コミュニケーションの 不可能性に起因するところが大きい。

その意味で、本書でカルポが成し遂げた、正統的な建築史に、特にC.ロウやB.コロミーナに連なる建 築とメディアという現代的な視点から、デジタル技術に基づく新しい流れを組み込むという仕事の意義は、建築の新しい肥沃な地平を一気に切り開くマイルス トーンとして今後数十年を考える上で計り知れない。90年ごろ以降の現在進行形の部分、特にP.アイゼンマンやG.リンに関わる部分ではある程度異なる意 見もあるかもしれないが、ここは現在生成中の歴史だから評価が安定している必然性もないだろう。歴史家でありながら、日進月歩のデジタル技術環境の内部か らのビビッドな知見、感覚に富んでいることも驚きに値する。間違いなく今後の歴史評価の基準を作る必読本。

翻訳者の渾身の脚注と解説だけでも、一冊の現代建築史の解説書として十分な価値がある。

KT