第4回EaR Rectureレポート
EaR TALKはnoizがEaRの活動の一環として行うレクチャーシリーズです。隔月でEaRが興味を持っているさまざまな分野のスペシャリストの方をゲストにお招きして、建築/テクノロジー/デザインとその周辺のトピックにまつわる最新の知見をレクチャーしていただきます。
8月5日に目黒のImpact HUB Tokyoにて、EaR TALKを開催しました。第4回のゲストレクチャラーは音楽家でサウンドアーティストのevalaさん。先鋭的な電子音楽作品を発表し、国内外でインスタレーションやコンサートを開催。代表作『大きな耳をもったキツネ』や『hearing things』では、暗闇の中で音が生き物のようにふるまう現象を構築し、「耳で視る」という新たな聴覚体験を創出し、サウンドアートの歴史を更新する重要作として高い評価を得ています。さらに、舞台、映画、公共空間においても、先端的なテクノロジーを用いた多彩なサウンド作品をプロデュースしています。
音を観測する
evalaさんはフィールド・レコーディングをアーカイブするなど、商業的な音楽製作とは異なる即興的なプロセスで、「音」を作ってきました。
※アーカイブ音源はhacking toneから視聴可能です。
フィールド・レコーディングの蓄積を基に製作されたアルバム『acoustic bend』では、独自のプログラムによって自然音を徐々に変化させ、自然音と人工音の境界が曖昧に繋がる作品に仕上げられています。フィールドで採集した音を無加工・無編集のままで聴くと、普段私たちの頭の中では雑音と認識されているさまざまな音の中に、複数の音が繊細に重層していることを改めて認識することができるといいます。さらに、同じ自然の音でも観測する場所によって音と音の間隔や音圧が違うといった、その場所ならではの特徴を捉えることもできるそうです。
『ttm studies 08』は、複雑系研究者・池上高志氏(東京大学教授)とのコラボレーションから生まれたアルバムです。カオスアトラクターで音を自動生成し、進化的アルゴリズム、カオス、非線形物理学、複雑系を応用した製作が行われました。この作品は「河川の流れのように全体としては常に同じ様相でありながら、常に異なる複雑な音の流れを、コンピューターで生成できないか」という実験作品として位置付けているそうです。
2つのアルバムを比較すると『acoustic bend』はフィールドを、『ttm studies 08』は音の運動をテーマにしています。しかし同時に、音を「観測する」という行為としては共通しており、採集もしくは出力された音を「彫刻する」ように作曲しているとevalaさんは表現しています。
いずれの作品も、制作の過程では、音を観測しながら「自分が好きな瞬間の音だけを集めてもまるで良いとは感じられず、時間にともなう発展がなければ音を心地よく感じられない」という経験が幾度となくあったそうです。 そして「差異」と「接続」こそ音楽の基本構造ではないか、と考えるようになったと言います。
「耳で視る」体験としてのサウンドアート ー音・空間・イメージ
ICC[NTTインターコミュニケーションセンター]で展示された代表作 『大きな耳を持った狐』は、サウンドアーティストの鈴木昭男氏とのコラボレーション作品で、無響室内に立体音響を配置しフィールド・レコーディングで採集した自然音を「無加工・無編集」で流す作品です。ただし、フィールド録音した音を素材としつつ、無響室で録音された空間の残響を擬似的に作り出しながら、音響的な変化をともなう「音の運動」を再構成していることから、この作品は空間の中の音のコンポジションであるともいえます。この作品の制作を通して、音というものは「音源」と「空間」があってはじめて立ち上がるものである」—すなわち、耳の体験は空間の体験であり、音符と音符の間の記述できない微細な空間の響きこそが音色を生み出しているのではないか?と考えるようになったそうです。
続いて制作された『hearing things #Metronome』は、遮音パネルで作られた2mキューブの暗闇の中に入り、たった一人で8分間のサウンドを体験する作品です。『大きな耳を持った狐』では、実際に録音した音と、判別しやすい予め加工された音を体験させました。しかし『hearing things #Metronome』は、3台のメトロノームの音をリアルタイムに処理。音の増減や引き伸ばしなど、その場でつぎつぎと音を変容させることで、直接聞こえてくる音と処理された音の判別がつかなくなるようなサウンドを生み出す作品です。これを聴いているゲストは、重力感覚や空間認知が狂うことにより、暗闇の狭いボックスの中ではなくどこか別の空間に移動してしまったかのような感覚になったり、時に自分の体の中に得体の知れない物体が入り込んでくるような不気味ともいえるような不思議な体験ができる作品になっています。
※『hearing things #Metronome』は2016年9/2-9/4 京都岡崎音楽祭、12/16-12/18 WIRED Lab.(会場デザイン:noiz)にて展示されました。また2017年5/27-2018年3/11までICC オープン・スペース 2017未来の再創造に『Our Muse』『大きな耳をもったキツネ』が展示されています。
最近のサウンドアートは音がなんらかのビジュアルとリンクして「目で聴く」作品が大半を占めています。しかし、evalaさんのサウンドアートは、ビジュアルイメージを「耳で視る」、つまり「耳でしか知覚できないイメージを立ち上がらせる」という方向を志向しています。
通常のフィールド・レコーディングは、採集した音からその場所の情景がそのまま浮かんでしまうのに対し、人の手によって加工された音を聴くと、これまで経験したことのないような、理由のわからないストーリーや情景が立ち上がることがあるそうです。「耳で視る」という体験の提案は、そもそもフィールド・レコーディングをはじまりとして発展した活動ではありますが、記録された音を比較したり、音の加工方法を変えてゆくことで、「視える情景」が常に違ったものとして体験されるという点に面白さがありました。
「自然な人間らしさ」だけではない音づくりの可能性
ボーカロイドを代表とする人工音声は、一般的に人の目線や基準で「歌手」として仕上げられていきます。しかし、evalaさんにとってはむしろ反対に、人工音声が自然に発する音、言い換えるとするならば感情がどこにあるか分からないコンピューターが発する鼻歌のような音がかえって「エモーショナル」に感じられるそうです。
デジタル技術を駆使することで音の要素は限界まで分解できます。それをまた再構成することで、歌詞自体の意味を消失させたり、母音は同じでも波形の異なる音に入れ替えることにより、普段私達が耳にしている音とは異なる響きを生み出すことができます。人工知能に関連した技術の発展を背景に、今後は人工知能や機械でしかできない音作りが価値を持ち始めてくるかもしれません。
今回のレクチャーでは、無意識にわたしたちが空間の中で認知している膨大な情報の中から「音」だけを抜き出して考えることで、シーンに隠れている微細なディテールや、自分がどこへフォーカスして周囲を認知しているのかを知るきっかけとなりました。人間の受ける刺激の8割は視覚からと言われています。しかし、光ではなく音に注目して、立体音響やプログラムを使うことによって空間を認知して再構成することで、反対に人間の知覚をハックできてしまうことは表現の新たなアプローチであると感じます。建築は、古典的な光と影・コンポジションといった視覚を中心とした表現が前提とされてきましたが、evalaさんが音を通じて表現していることのように、視覚以外の五感へフォーカスした設計が実装される可能性も広がります。また、デジタル技術を用いることで感覚をハックして、新しい体験を提供できる可能性がまだまだあるのではないでしょうか。
EaR TALKでは今後もさまざまな分野のスペシャリストをお呼びして、建築とその周辺分野にまつわるトークイベントを開催いたします。サウンドをめぐるテーマについても、さらに深められる機会を設けられればと思っています。ぜひご参加ください。
(Text by MI)
講演者情報
evala
音楽家、サウンドアーティスト
先鋭的な電子音楽作品を発表し、国内外でインスタレーションやコンサートの上演を行う。代表作『大きな耳をもったキツネ』や『hearing things』では、暗闇の中で音が生き物のようにふるまう現象を構築し、「耳で視る」という新たな聴覚体験を創出。サウンドアートの歴史を更新する重要作として、各界から高い評価を得ている。また舞台、映画、公共空間において、先端テクノロジーを用いた多彩なサウンドプロデュースを手掛け、その作品はカンヌ国際広告祭や文化庁メディア芸術祭にて多数の受賞歴を持つ。主な近作に、CD『acoustic bend』(2010)、インスタレーション『大きな耳をもったキツネ』(ICC/2014)、『hearing things』(2016)、音楽&サウンドプロデュース『LOUIS VUITTON : DANCE WITH AI』(2016)『CITIZEN : time is TIME』(2016/Milano Salone)『Rhizomatiks Research x ELEVENPLAY:border』(2016/YCAM) のほか、NHKスペシャルのテーマ曲などを手がけている。